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ひびのいろいろ

高校時代とマインドフルネス

20年以上昔、昭和の終わり頃に僕が通っていた東京の外れの高校は男子校であった。やっぱり男子校と言うだけあって汗臭く、がさつで華やかな雰囲気など一切なかった。夏になると何とも言えない汗の臭いが教室に充満し、短パン姿で団扇を扇ぎながら授業を受ける生徒もいたりした。とにかく汚く臭かった。

どちらかというと自分はそんな雰囲気は大好きで妙に居心地が良かったのを覚えている。思春期特有の自意識過剰タイプの女性恐怖症であったということもあったんだろう。男子だけの環境が気が楽だった。

そんな高校にちょっと風変わりな先生がいて朝早く教室を開放してくれて勉強の場を僕たちに与えてくれていた。朝7時に教室を開けてそれぞれが勝手に自習をするのだ。授業開始までの1時間位のその勉強時間が自分にとっては非常に大切な時間になった。

その自習室ではたったひとつの決まり事があった。いきなり勉強するのではなくその前に瞑想をしなければならなかった。それは宗教的な何かではなく、ただ目を軽くつぶって数分間じっとしているだけであった。しかしそれが妙に心を落ち着かせる効果があった。その後の集中力にも大きな効果が出た。

何故そんなことをつらつら書いているのかというと最近「マインドフルネス」に関わる機会が多いからだ。認知行動療法(CBT;cognitive behavior therapy)の技法のひとつではあるけれど、その源流は東洋思想。自分のあるがままの状態を客観視すること。結構書籍で読むとややこしいことが書いてある。しかしこれは自分の高校時代にやってきたことなのかもしれないとふと思ったのだ。

マインドフルネスを越えて

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「マインドフルネス」に関しての書籍は多数出版されていてiPhone/Android アプリまで存在する。

マインドフルネス・アプリ

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  • MindApps
  • ヘルスケア/フィットネス
  • ¥120

でもそんなことしなくってもこれは僕たち東洋人には基本的に備わっている慣習なのではないか?

ふとそんなことを考えていたりした