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ひびのいろいろ

歴史に残るノンフィクション【書評】死の淵をみた男

福島原発におけるドキュメント。それも超一流のノンフィクション。

最悪の事態とは、「チェルノブイリ×10」だったー吉田はそうしみじみと語った (P356)

となったかも知れない福島第一原発の事故。関東に住む自分でさえ、本当に日本は終わりになるのではないか?とつくづく思った当時の日々。この事故は様々な人々に様々なトラウマを与えた。日本人全員にとんでもない衝撃と苦痛を与えた事故であった。

本書では、そんな原発事故とその後の対応の様子が本当に生々しく描かれている。まず印象に残るのが各部門でのトップの姿。

現場で作業を終えて帰ってきて(検査を受けるべく)待っている作業員の前で。”なんで俺がここに来たと思ってるんだ!”って怒鳴ったんです。一国の総理が、作業をやっている人たちにねぎらいのことばではなく、そういう言葉を発したわけでね。これは、まずい、と思いました。 (P150)

と怒鳴り散らすトップもいれば、吉田所長は動じず、しかし大胆かつ正確に各部署に指示をだしてゆく。ギリギリの決断の時に目を閉じ決断を下す。その人物の有り様は、吉田所長が正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)を愛読書としていたことからも分かる。正法眼蔵は道元が記した仏教思想書。

(吉田は)若い頃から宗教書を読み漁り、禅宗の道元の手になる「正法眼蔵」を座右の書にしていた (P345)

僕は漫画でしか、読んだことがないけれど、しかし吉田所長がこの書を愛読し座右の書としていたということが何となくうなずける。

円卓にいる幹部たちは、もう死ぬ覚悟をしていたと思うし、実際に、私は、彼らは最後まで残るべきだと思っていました。申し訳ないとは思いましたが、私は心の中で本当に若い人には、復興でやるべきことをやって欲しいと思ったんです。幹部の方たちは、もう死ぬのは仕方がないかなと思いました。そういう気持ちで皆さんを見たので、吉田所長たちが死に装束をまとっているように見えました (P274)

およそ600人が退避して、免震重要棟に残ったのは「69人」だった。海外メディアによって”フクシマ・フィフティ”と呼ばれた彼らはそんな過酷な環境の中で、目の前にある「やらなければならないこと」に黙々と立ち向かった (P278)

現場の職員達にも吉田所長らの覚悟の決め方というか、土壇場での立ち振る舞いがリアルに描かれている。大げさな表現になってしまうがやっぱりこの人達でないと日本は救えなかったのだろう。

トップの姿だけでなく、現場の作業員の姿も克明に本書では描かれている。津波により命を落としてしまった若き原発職員をはじめとして本当に現場の人々の姿には心打たれた。

最後に筆者の後書きにおける一文がなんとも理性的で本書の中立性を表していると想う。

私は、事故以来、巻き起こった反原発運動の凄まじいエネルギーを「当然」と思う反面、火力発電などで起こる地球温暖化などの環境問題について指摘する声が急になくなったことも、恐ろしいと思っている (P372)

兎に角、中立的な視点によって描かれた素晴らしいノンフィクションであった。