FakePlasticTree

ひびのいろいろ

発達障害に相対する人が最初に触れるといいかも知れないDVD

当事者の立場に立つということ

正書や今ではインターネットでさえ(怪しいものも多いけど)発達障害の情報は溢れている。

しかし当事者が日常生活をどう感じているのかはあくまで想像に過ぎないしそれを実感するのは極めてむつかしい。

感受性の強く、想像性が強い人ならその「こころのありよう」を実感として感じることは訳もなく容易いことなのかもしれない。しかしながら自分も含めた大多数の人々はそのことを自分の感覚として取り入れることは難しい

人間というのは自分の直感として感じられないものは中々共感することは難しい。それはとても本当に難しい。

人にわかってもらえたという経験。

他人にわかってもらえたという経験は、その人個人の感情を理解して貰えて始めて成立するものなのではないかと自分は考えている。

だからいくら理論で「あなたは~という人間だ」と言われてもそれはちっとも身にならない。所謂 腑に落ちない というやつだ。だからこそ当事者の感情を直感的に知る(理解する)ということは非常に大事なんだと思う。

  • クラスの中で自分だけ取り残されていく経験
  • 逆上がりが出来ず皆に笑われる経験
  • クラスの何処にも居場所がなく、本当に何処か隠れる場所があったら隠れてしまいたいと感じる経験
  • お前には進学できる高校などないと言われた経験

そんな僕自身の経験は確実に今の仕事に役に立っていると確信する。

当事者の感情をすこしでも実感できる方法

  • ヤンセンファーマ、AD/HDのある方のつらさを疑似体験できる「バーチャルAD/HD セルフエスティーム版」をウェブサイトで一般公開  -「生きづらさ」の疑似体験をより多くの方に 周囲の理解促進に期待- | ヤンセンファーマ株式会社
  • 上記のような方法もあるにはあるが、こういう方法ってなんか不自然。科学の発達が進めばもう少し感覚的に変化するのかもしれないがまだまだかなぁという感じ。

    今回、購入したこのDVD には前述した問題の解決方法が提示されているのかもしれない。

    例えば演者は講習の参加者を四人一組にさせて一人の参加者の名前を他の三人に呼ばせる。そのやり方には二通り。名前を呼ぶ側が椅子の上に立ち、呼ばれる側が椅子の上に立つやり方。もう一方は全員が椅子に座って名前を呼ぶやり方。名前を呼ばれる人間は子どもの世界を実感として体験できる。

    単純に「子どもと話す時には目線を合わせて話す」と言われるよりも遥かに実感として感情に訴えかける伝え方であろう。その結果言葉や文字での情報よりも段違いの伝達能力を持たせることが出来る。

    正に腑に落ちる、内臓に響く経験なのだ。

    こういうやりかたが講義の至る場所に出てくる。そんな意味で素晴らしいDVDだ。自分も改めて初心に戻らなければなぁと思い返すことができた。有難い。

    しかし演者の先生は話が上手いなぁ。羨ましい。