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ひびのいろいろ

ドキュメンタリー”A”

オウム真理教が身近にあった10代の頃

僕は10代の頃を東京杉並の高円寺で過ごした。その時代はオウム真理教がかなり目立って世間に出てきた時期。象のぬいぐるみを着た奇怪な人々が駅前で奇妙な踊りをしながら踊る様子は本当に怖かった。町中に貼られたオウムの選挙のポスターも気味が悪かった。

当時中学生だった僕らの間では,そのポスターにいたずら書きをした奴が裏道に連れて行かれてボロボロになるまで殴られた,とかそういう噂まであった程だ。

兎に角,奇妙でおかしな感じがしながらも,何をされるかわからないといった恐怖があったのも事実。

その後のオウム

それから数年後、教団が一斉捜索され麻原も逮捕された。その当時のマスコミの騒ぎっぷりといったら凄かったけどそれも数年持続しただけ。時々話題にはなるけれども,オウムがなぜああいう集団となってテロを起こしたのか? といった原因究明はされないまま時代は過ぎている。

過ぎてしまえば,「見たくない事、触れたくないものには蓋をしてしまえ」という日本人特有の心性がそこには働いているのかもしれない。

オウム強制捜査後のドキュメンタリー”A”

今まで捕まっていなかったオウム信者が連続して捕まり,NHKで再び特集をやったりしてまたその存在に注目が集まっている。

そんなオウム真理教のドキュメンタリー。麻原が逮捕された直後の時代から荒木広報部長を中心としてカメラが向けられている。

Amazonの商品紹介では以下のように書かれている。

監督の森達也はTVディレクター時代に、オウムを絶対的悪として描くよう強要するプロデューサーと衝突して契約解除され、以後自主製作として本作を完成させた反骨の人物。観ているうちに、今自分が日本人として日本で生活していることまでも改めて考えさせられてしまう意味でも、必見作といえよう。

2時間を超える力作。

内容より前に何よりもまずこの教団の汚さが目立つ。オウム真理教の人々の身の回りのものに対しての無頓着さ,清潔ということに対して殆ど興味というか関心がないのだろうな。と感じる場面がいくつも出てくる。部屋の中に当然のようにいるゴキブリやネズミ。掃除が全くされていないような部屋。こういった部分だけでもう僕は生理的に受け付けなくなってくる。

しかし,この映像を進めて見てゆくとなんとも悲しい憂鬱な気分になってくる。彼ら自身の問題も確かにあるのだけれどオウムをいう組織を生み出した日本社会の問題点や日本人の問題はまったく今に至るまで扱われずそのままになっている気がするのだ。

そしてマスコミの高慢な態度にもオウムへの嫌悪感と同じものを感じる。

麻原を死刑にすればよいってもんじゃない。僕らはあの事件から何を学ぶべきなんだろう。と再び考えさせられるようなそんな作品であった。