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ひびのいろいろ

ドキュメンタリー映画『隣る人』そして児童擁護施設

隣る人

ある児童養護施設の物語そして児童擁護施設とは

『隣る人』は児童養護施設『光の子どもの家』を扱ったドキュメンタリー映画。撮影期間は8年で、その中で主に2人の子どもと1人の保育士を中心として映像が進む。

 

 『隣る人』という言葉は『光の子どもの家』理事長である、菅原哲夫氏の造語であり、子どもの傍らで常に居続ける人々を指す。

 

児童擁護施設とは児童福祉法41条によると

児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設」

のことで、児童養護施設はその形態で大きく分けて大舎制のもの、中舎制のもの、小舎制のもの、またグループホームがある。

 

「光の子どもの家」は小舎制の児童擁護施設である。交代勤務でなく一人の保育士が責任担当性を用いて、1対1の関係で子どもを育ててゆくことを特徴とする。原則的に職員は24時間子ども達と寝食を共にする

 

二人の少女の物語

 この映画にはナレーションも音楽もそしてテロップも一切ない。日常の音が全て。

演出が一切ない映像が淡々と流される。その中心は小学校低学年の二人の少女『ムツミ』と『マリナ』。年齢が一学年違う二人の少女と保育士である『マリコ』さんが映画の中心人物。

 

 甘えるのが苦手なムツミが時折見せる切なくて儚げな表情。子ども達の力ではどうしようも出来ない現実の前に立ち尽くした後に真理子さんに精一杯甘え抱きしめてもらった時の安心した寝顔。

無駄な演出のない映像が深く深く心に突き刺さる。 

神々しい保育士 

保育士の方々の表情がなんとも美しく、時として神々しくも見える。精一杯子ども達とスキンシップを取り抱きしめている。抱きしめられた時の安心した表情、そして保育士の方々の子ども達に向けられた表情は本当に美しい。 

児童養護施設の問題点

 舞台挨拶で施設長である菅原哲男氏が「暮らしは輪切りにできない 夜のことを知らない親はいない 私生活はプライベートなものである」「職員が交代勤務では子ども達の私生活はつくることはできない」と話されていた。

 全くその通りだと思うし、何の反論も僕にはない。しかしそれが出来る職員というのはどれだけいるのだろう。家族が崩壊し、または崩壊させられ居場所がなくなった子どもは数限りなくいる。

 その子ども達全てに「光の子どもの家」の様な環境を提供するには人手もお金も圧倒的に足りない。

里親制度もあるではないか、と思われるかも知れない。しかし、このような環境で育ってきた子ども達を支えるには個人では無理がある。「光の子どもの家」の様に基本的には1対1の関係を主としながらもグループで支える仕組みを作らないととても支援者が持たない。燃え尽きてしまうのだ。

 そして児童擁護施設の職員自体がその仕事の、ハードさから燃え尽きてしまう例も少なくないと言われている。

映画で出演される『マリコ』さんのように長年にわたって子ども達を支え続けている方は本当に貴重な存在だと思う。

 

今の時点で出来ること

以前読んだ『働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む』の著者のように力のある人が行動を起こすしかないと思う。

子どもは結局大人が守ってあげるしかない。僕も自分の出来る範囲で自分できることをやろうと思う。そして何よりも大事なのは自分の本業だ。しっかりとした本業そして責任がとれるようになってこその支援。がんばろ。