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ひびのいろいろ

東北へ

今年度初めての東北

今日から東北支援。今年度になってからはじめての東北だ。何回通算で行ったのかは、めんどくさくてあまりもう数えていない。

去年の九月以降は何とか自分たちの資金を切り崩しながらの活動。一年前のことは、あんまり記憶にないけど、僕たちなりに一生懸命やったと思う。初期の頃は冷静でない部分もあったかもしれないけれど、勤めて感情的にならないよう頑張っていた。

1年前ぐらいのことを思うと頭に血が上ってしまった、言わなくても良いこと、やらなくても良いようなことを無意識のうちにやってしまっていた。そういう時期だからしようがないという言い方もあるかも知れない。僕たち自身がハネムーン期のまっただ中にいたんだろう。

ハネムーン期とは

災害被災者支援のページ 東京都福祉保健局h"はてなブックマーク

劇的な災害の体験を共有し、くぐり抜けてきたことで、被災者同士が強い連帯感で結ばれる。

援助に希望を託しつつ、がれきや残骸を片づけ助け合う。被災地全体が暖かいムードに包まれる。

ことで、僕らもその雰囲気というかオーラに飲まれていたんだ。

結局自己満足

 結局、支援なんて言ったって100%善意の気持ちからやる人なんていない。ある活動をすることで、自身の満足感がみたされたり仲間から認めてもらえたりそういったことがモチベーションになるだけのことだ。自分がそういう薄汚い人間であることを自覚しなければならない。

その自覚がないまま、善意の押し付けをすることだけはないようにしないと。

 兎に角、自分たちがいつもやっていることを普段通り冷静にやるしかない。そのための実力をつけるためにも日々精進するしかない。どんなに頑張って一生懸命やっていてもそれが独りよがりであれば駄目だし、普段以上のことはできない

チームで行うということ

今やっていることが、本当に役に立つことなんかどうか、わからなくなるときもある。色々な人々の想いが交錯してそれに触れているだけでなんとも言えず疲れた気分になってしまうのも正直な気持ち。全てを任せたくなってしまう気持ちになってしまうのも確か。ようは「勝手にすればいいじゃん」という気持ちになる。

それを耐えることができるのはチームで今の活動をやっているからだ。人間は一人一人ではまったくもって弱いけれど、集団として団結したときの力強さといったらない。時として集団故に危うくなってしまうこともあるが。。

今やっていることの意味がわかるのは5–10年後、いやもっと後で20年後かもしれない。その時にある程度の結果が出るのかな?

その時に派手じゃなく、密かにしっとりと自己満足に浸れたら僕はこれほど嬉しいことはない。